今日のちょっと一息

人生皆師 楽しく生きよう!

生涯現役!?

 NHKテレビにて「70才、初めて産みますセブンティウイザン。」というものが放送されていました。現実にあるのかだとか、どうだとかは別として、生涯現役という言葉についてちょっと考えみるいいきっかけになりました。

 

 

 

rogo65life.hatenablog.com

 

私の年齢を考えるとまだまだ働き盛り。しかし、私と一緒に働いている方々の年齢をみると60代以降の方がたくさんいらっしゃいます。しかも、超元気。少しは落ち着いて!!(いい意味で)というくらい元気に働いていらっしゃいます。その方々に何歳まで働きたいですか?とお聞きすると、大半の方が、「会社が雇ってくれるのであれば、体が動き続ける限り働き続けたい。」との返事。うーん。すごい。老後は年金もらってゆっくり過ごすという考えがほとんど無いみたいです。まあ、中には「旦那が家にいて一緒にいるのが嫌だから、私は外に出て働くことがストレス発散!ボケ防止にもなるし、お給料をもらえてこれほどいいことはない!」とおっしゃる方もいますが(笑)( ´艸`)

 

ただ、会社に採用されて一安心ではありません。現状に甘んじていると危ないなと思います。若い世代が減り、高齢の方が増えていく中で、高齢の方同士の「競争」が生まれてくるでしょう。自分は何ができるのか?今まで働いてきて得たスキルは?などなど。おんぶにだっこ状態では必要ないと思われてしまうでしょう。

 

「現役であり続ける=競争に自分を置き続ける=自分を伸ばし続ける」

 

現状に甘んじたままでこの原理をわかっていないと難しいでしょう。所詮、世の中は競争で成り立っていることばかりですよね。あなたが勝てば、誰かが負けている。あなたが負ければ、誰かが勝っている。これの無限ループ。

常に勝ち続けて誰かを蹴落として生きていくという事ではありません。自分自身をそういう風に律していかないと、今後来るであろう大きな困難に立ち向かっていけないかもしれないという私の思いです。

 

「心想事成(しんそうじせい)」という言葉があります。これは棋士谷川浩司さんの言葉です。心に想うことは成るという意味です。すごくいいですね。谷川浩司さんは、「真剣に本気で打ち込んできた時間が長く、思いが強い人ほど良い結果を得ることができるし、そのための運も呼び寄せられる」、ということをおっしゃっています。また、「勝負の神様はそういうところをきちんとみておられる」とも。

「運」だとか「神様」だとかスピリチュアルな話ですが、私は信じていますし大切な事だと思っています。話は逸れますが、実家に帰った時には仏壇に必ず手を合わせて挨拶をするようにしています。だって、ご先祖様がいたから私があり、子供たちがあるから。その感謝だけは忘れずにいたいものです。ちなみに、先祖を探ってみると10代前で約1000人、20代前で約100万人くらいになるみたいですね。それを考えるとお隣さんがもしかすると遠い遠い親戚とかかもしれませんね。人類みな兄弟。おっと、これ以上いくと話が全く別の方向に行ってしまいそうなので、ここらで閉めましょう。

ということで、生涯現役であり続けるために私は色々な事を考えながら日々鍛錬していきたいと思います。

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

私自身が甘い考えの人間で、今までにたくさんの恥ずかしい失敗を繰り返してきたので自分への戒めとして書いています。ご了承ください。

 

 

今日のちょっと一息

「セブンティでもロードバイク。迷惑運転にならないように日々鍛錬。」

 

 

どうして僕は運がいいの?

家族みんなで夕食を囲んでいた時の事、私と妻との間で療育についての話が出ました。

私たちの息子は療育環境においてものすごく恵まれているという話です。

 

息子の異変に気付き、診断を受け、軽度の知的障害を伴う自閉スペクトラム症ということが発覚し、療育施設に通うことになりました。その療育施設の先生方の多大なる支援、また、障害があるということを理解したうえで受け入れてくれた幼稚園の先生方のサポートのおかげで、スムーズに小学校に進学することができました。また先天性の奇形があるため、数度の手術。その手術がまた技術的に難しいと言われている手術だったのですが、良い先生に巡り合えて何とか乗り越えることができました。

 

私は仕事柄、転勤があり、今現在住んでいる地区に転居してきたときには、正直がっくりしていました。その理由は、決して都会とは言えない田園風景の素晴らしい地域。夕暮れにはカエルの大合唱。そして高速道路へのアクセスも悪く、出かけるにしても結構な時間をかけないといけないようなところなんです。しかし、療育ということを主におくと、とても素晴らしい環境だったんです。これを運がいいというのでしょうか。

 

そういう話をしたときに私が「いやぁ、本当に次男くんは運がいいねぇ。」と小さな声で独り言のように言いました。すると、次男が、「ぼくはどうして運がいいの?どうしたらもっと運がよくなるの?」と聞いてきました。テレビ見てたくせによく聞こえたな!?とビックリしましたがww。

「運」という言葉をちゃんと理解して聞いてきているのかはわかりませんでしたので、私はできるだけ次男が分かるようにこう答えました。(頭の悪い私が知恵を振り絞って出した内容です。ご了承ください。)

「運がいいっていうのは、いいことがたくさん起こることなんだよ。次男くんが運がいいのは、いつもにっこり笑顔でいるからなんだよ。運を持ってきてくれる神様は笑顔が好きなんだよ。だから、次男くんが笑顔でいることで、みんなをうれしいなぁとか、たのしいなぁっていう気持ちにしてあげると、神様がもっともっと次男くんにいい運をもってきてくれるんだよ。でも、悲しい時とか苦しい時はちゃんと周りに言わないといけないよ。我慢して笑顔でいても神様は嬉しくないからね。」と。

 

次男は話を理解してくれたかどうかはわかりませんが、翌日も相変わらずの良い寝起きで「おはよー」と笑顔で挨拶してくれてます。

 

斎藤一人さんは、

「人の心が軽くなる、人の心が明るくなる、要するに人に喜ばれることをすると、人間力というのがどんどんついてくる。これが世間で言う徳を積むってことなんだよ。」

「そしてこの徳を積むにはね、見返りを求めずに喜びの種を蒔くのが一番いいんだよ。そうしているうちに運が良くなっていくの。これが運が良くなるためのマスターキーなんだよ。」ということをおっしゃっています。

次男は誰からも教わることなく「笑顔」言い換えれば「顔晴る(がんばる)」という行動で自分の周りを幸せな気持ちにしているのかもしれません。そしてその行動には見返りを求める事はまったくない。結果として運が良くなる。

なんてすごいことだろうか。何十年も年齢が離れている子供に教わることもたくさんあるもんだとしみじみ思いながら、今宵も焼酎をグイっと飲んで笑顔になるオッサンでした。

※「次男くん」は実名を伏せるためにこのように記載してます。ご了承ください。

 

 

今日のちょっと一息

「幸福になりたいなら人を喜ばすことを勉強しよう。そうしよう。」

大変だとよく言われますが、感動することのほうが多いです

「そうだったんですね。ご苦労も多いことでしょう。大変ですね。」

私がよく言われる言葉である。

 

私の家族のことを話すときに次男の話題になると障害の事も話すのだが、ほぼほぼ全員が冒頭のような表現をされる。別にこれが悪い気分がするというわけではない。むしろ相手のことを気遣ってくれていると思うくらいだ。

 

 

rogo65life.hatenablog.com

 

おそらくほとんどの方は障害を持っている家庭の親御さんたち、また、介助、支援をしている方々は本当に大変で苦労が多いことだと思われているのだろう。障害の状態によっては確かにそうかもしれない。毎日が苦しく、自分の時間をすべてその方に注いでいる方もいることだろう。そういう方もいるというのをちゃんと理解したうえで私は思うのだが、私自身は「感動や感謝することのほうが多い。」と思っている。

 

私の子供の場合でも「将来への不安」というものは尽きない。誰からの支援なくして生きていけるのか?仕事に就くことができるのか?先天性の奇形は悪化しないだろうか?障害がきっかけとなり人間関係が悪化して孤独にならないだろうか?などなど。言い出せばきりがない。ただ、障害を持っている持っていないに限らず誰もが持つ不安なのかもしれない。「障害」という言葉が「大変」「苦労」「辛い」などのマイナスなイメージを誰もが連想するのだろう。私もそうだった。次男が生まれて障害があることが分かり、ある方からの話を聞くまでは。

 

約6年前、次男の障害が判明したり、その他いろいろな事が重なり人生のどん底という感じで過ごしていた。その時に、職場に私の尊敬する上司が転勤してきて、久々に色々な話をした。その上司には私は心を許しており、ありのまま自分の状況を話した。その中で次男の障害の話をしたときに、上司から言われたことが、

「そうだったんだね。でも、よかったと思うよ。俺は安心した。ハンディを持って生まれてくる子供は自分のことをしっかり育ててくれて、愛情をたくさん与えてくれる親のもとに生まれてくるんだよ。あなたにはそういう役割があるんだよ。確かに、苦労もするだろうし、いろいろな困難があると思う。でもね、それ以上に感動することや感謝することのほうが多いはず。そしてあなたにいつか大きな「何か」がいい形で返ってくると思うよ。」と。

今までが「大変ですね。」「苦労なさってるんでしょう。」「悩みが尽きないですね。」などマイナスを共感するような話ばかり聞いてきた。上司のこの一言がきっかけで私の気持ちはぐっと軽くなった。本当に。

 

次男の療育も最初はうまくいかないことが多かった。自閉症も相まって独り言が延々と続いたり、空を見上げて何かをつかんで食べる仕草をやってみたり、同じところをぐるぐる歩き回ったり、人の話を座って1分も聞けない・・・・。まぁ、心が折れそうになることもあった。

しかし、いろいろな方のご支援があって、少しずつ、本当に少しずつではあるが、できることが増えてきた。椅子に座って話が聞ける。たったこれだけで「おお!」と感動。名前を呼ばれて「はーい」と返事ができる。たったこれだけで「まじか!?」と感動。小さなことで感動しっぱなしの日々。常に「障害」という言葉が頭の中に張り付いたままだったのがほんの小さな「感動」の連続でだんだんと剥がれていった。上司の言葉が何度も頭の中をヘビロテしている。

 

あいをんちゅー🎵ポップコーンが弾けるように「感動」という文字が躍る

こんな気持ちになれるって 僕はついてるね

 

最近の感動の極みがこれだ。

 

rogo65life.hatenablog.com

 小さなことに気付いて「ありがとう」を伝える。大人でもなかなかできないことができるようになった。

 

 

親御さんたちの話で「うちの子供が言うことをきかなくて」「なんであんな風になったんだろう」など子供に対しての愚痴をこぼす場面をよく見聞きする。これは完全に毒を吐くが、いや、大炎上ものだと思うが、障害を持ってなくても素直でないちょっと方向性を間違った子供のほうが何かと大変だなと私は思う。そして感動や感謝の気持ちがほとんど見えない。いや、たまにそれで大成する方もいるとは思うが、そういう人はもともとが素直だと思う。私は成長は素直さに比例すると思っている。

 

これからもいろいろな事が待ち受けていることだろう。しかし、目の前に起きた事実をしっかりと受け止めて「感謝」することを忘れず、「素直」になり、「感動」する日々を送っていきたい。

 

今日のちょっと一息

「救世主はだいたい落ち込んだ谷底で現れる」

私の上司は救世主だった。

 

 

 

 

出来ない理由を口にする界隈

今日の私はいつもとちょっと違う感じで文章を綴っていきたいと思う。多少汚い表現やブラックな心の一部が見え隠れするかもしれないがご了承いただきたい。

読むのが苦痛になった方は素早く下までスクロールをして、ブックマークボタンやスターボタンを押されるのがいいと思う。

 

本日のブログは私の誇大妄想により構成されております。実際に存在する人物、団体とは一切関係ありません。

 

 

皆さんの周りにはいないだろうか?何かやろうとすると、あーでもない、こーでもないなどと宣い何もやらない人間は。私の周りにもたくさんいる。仕事でもプライベートでも。特に仕事上でのやり取りの時には顕著だ。そもそも、やりたくない理由がくだらない。「時間がない。」「お金がない。」「今までやってきたことが無駄になる。」「だるい。」「自分には向いていない。」などなど。やってもいないうちから出るわ出るわ。

 

これが子供であればまだ何となくわかるが、分別のある大人が宣っているのが面白い。しかもその方々には子供がいる場合がまたこれ多し。そしてまた面白い。

 

なぜ「こうすればできるかもしれない」と頭が働かないのか?「2位じゃダメなんですか?」「マスクはいつまでやるの?」くらいは頓智をきかせて言ってほしい。そんな奴にはこう言い返したい。「3位でいいんじゃない?」「マスクはパンツ。家に帰るまで。」

 

話が少し変なふうになってしまったが、できない理由を口にする方々でかつ子供がいる方は自分が言っていることが分かっているのだろうか。

もし、自分の子供ができない理由を並べ出したらなんていうのだろうか。

「寝る前に歯磨きをしなさい!」と言って子供が「時間がない。」「お金がない。」「だるい。」と言い出したらどうするのだろか。ましてや「歯磨きは2位じゃダメなんですか?」「歯磨きはいつまでするの?」と子供のほうが頓智をきかせてくることが多い。テレビやメディアの情報を吸収して返還させる力は子供の得意分野だ。想像するだけで面白い。できない理由ばかり口にし、世の中のことを何も学ぼうとしない親では、子供が少し頓智をきかせた言葉を発しただけでホームランを打たれてしまう。だってストレートしか武器を持ってないから。しまいには「つべこべ言わずにやれ!」とデッドボールを喰らわす。子供は反抗的態度。場内大乱闘の開始。はい。没収試合

 

 

出来ないことはたくさんあるかもしれない。しかしそこで思考停止していては何の成長もない。現状維持は退化と言われるのも納得だ。どうすればできるか?を常に考えること、そしてその「どうすれば?」の引き出しを多く持つためにいろいろな事に興味を持って勉強し続ける事が大切なのではないか。私はそう思う。

 

出来ない理由を口にしてしまう親に言いたい。子供がこう言ってきたら気づくはず。

「あのね!僕は気づいたんだ!お父さんとお母さんの子供だからきっとなんにでもなれる気がする!」

さあどうだろう?子供に言えるだろうか?

 

 

多少乱暴な文章でしたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。今回のブログは私自身への戒めとして書いたつもりです。不快な思いをされた方へはお詫び申し上げます。

 

 

今日のちょっと一息

かめはめ波は打てるようになるかな?」

 

 

 

 

アドレナリン爆発!どうすればできる??

f:id:rogo65:20210327162246j:image

 午前8時30分。我が町の高台からの朝日が昇る風景。なんとも気持ちがいい。最近、ロードバイクの朝練なるものを始めてみたのです。70キロくらいを3時間ぐらいで走り切る練習をやってみているんですが、なかなか厳しい!!

(正直何を目指しているのかわかりませんが、私は何か始めるとハマってしまうんです・・・。自分を追い詰めるのも結構好き。ドM体質。)

 

さて、昨日の事、休日で朝練をやっていた時、スマホに着信がありました。

嫌な予感がしましたが、恐る恐る出てみると・・・・・、

「緊急事態発生!!至急、出社せよ!!!」→こんな言い方ではないですがww

 

えーーーー!!!自宅から40㌔程度走った地点でまさかの緊急事態発生。

自宅まで引き返すには30㌔くらい。どう計算しても1時間30分は最低でもかかる・・・。指定された出社までの時間には間に合わない・・・・・。

 

さあ?どうする?私の低スペックの脳がフル回転。いくつかの選択肢が出てきました。

①「緊急事態なのはわかりますが、時間内に出社できません。」と素直に謝る

②「公休なので、無理です。」と突っぱねる。

③タクシーをつかまえて自宅に戻る。

④死ぬ気で走って戻る。

はい。私の低スペックの脳みそではこれくらいしか解決策が出てきません。

とりあえず、何も行動を起こさないと何も始まらないので、自宅に戻るために引き返し、それぞれの選択肢について走りながら考えることにしました。

 

①「緊急事態なのはわかりますが、時間内に出社できません。」と素直に謝る。これが一番ベストな選択と思われますが、できない理由を言わないというのが私の信念(たまに信念に反する行動をとりますが・・・。)ですので、却下。

 

②「公休なので、無理です。」と突っぱねる。外面良し男(そとづらよしお)の異名を持つ私なので、こんなこと言うやつは最低だと思われたくないので却下。

 

③タクシーをつかまえて自宅に戻る。朝練時は所持金1000円しか持たないようにしてるので却下。そもそもイノシシが出てくるような山道を走っているのでタクシーなんか捕まらない。

 

④死ぬ気で走って戻る。はい。これが正解。これしかない。上記の無駄な選択が思いつく前に死ぬ気で走ればよかったんです。

 

 

人間というものは素晴らしい生き物です。普段は本来の数%しかいろいろな力を使っていないとはよく言いますが、本当にそうなんでしょうね。走ってみると意外や意外。今までにないくらいの巡航速度で走ることができたんですね。通常、平地では時速25㌔~30㌔がなんと、時速35㌔~40㌔で、坂道では時速12~15㌔がなんと、時速18~20㌔で走っていたんです。しかも、たいして息切れもしていない。「俺にこんな力があったのか!!!」とちょっとびっくり。田舎道なので速度制限40㌔がほとんどなんです。なので、自動車とほぼ並走状態。軽トラを運転しているおばちゃんや原付バイクのおじちゃんがかっ飛ばしていく自転車にビックリしているのがわかりましたww。アラフォーのおっさん(私)。よく頑張りました。

 

そんなこんなで、なんとか時間内に出社でき、事なきを得ました。

しかし、アドレナリンを爆発させて普段使わない力を使い果たした影響か・・・。出社後、気が抜けた私に襲い掛かったもの。「睡魔」。眠い。眠い。体が休息を欲している。「アドレナリンよ!!!再び私の体の中に召喚されよ!!!」と世界の中心でいくら叫んでもその願いは叶わず。人生は不条理。私の体の中に残ったわずかな灯火が消えないようになんとか仕事をやり遂げました。

 

今回学んだことは、「やればできる!!」ですね。ごちゃごちゃいろいろと考えると、ついつい無駄な選択が増えてしまいます。それに伴いできない理由もたくさん出てくる。「できない!」ではなく「どうすればできるか?」を常に考える癖をつけないといけないと思いました。

 

 

今日のちょっと一息

「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」井上靖の名言。

 

 

歳をとるごとに進化させる

大人になると物事の「緩急」が分かってくる。若いころは何でもかんでも、百パーセントでことにあたりがちだ。だけど常にそれだとミスも増える。周りも目に入らない。戦いでは相手もプロだから、行き詰まる。

そんな時は、少しスピードを緩めてみるんだ。すると加速に転じたとき、より「速く」みせられる。僕自身、体が疲れを知るようになってからの方が、いいプレーができるようになった。うまくいかないなら、一歩引いてみる。歩幅を緩めれば見える景色も変わる。ずっと同じリズムだと乗り切りにくいのは、人生でも同じじゃないのかな。

         引用 2021年2月26日 日本経済新聞  サッカー人として 三浦知良

 

2月26日で54歳になった三浦知良さんの記事です。この年齢までサッカーを続けていることもすごいですが、記事の内容にも感動しました。サッカーという一つのスポーツを通して、仕事や人生の道を切り開く。これこそ「スポーツ道」「サッカー道」というのでしょうか。

 

何かを一途にやり遂げる時、そこから色々なものが見えてくるのでしょう。若い時はがむしゃらにやって成し遂げられた事が、歳を重ねると力の抜き具合がわかり、もっと上手くいく。

逆にチカラを抜きすぎて出来ていなかったことが、何かのきっかけによってガムシャラになり成し遂げる。

「きっかけ」というのは色んな所にあるはず。どうすればそれを引き寄せられるか?それは自分の意識次第。

 

きっかけをバネにして色々な経験を重ね、そして歳をとるごとに人間としての旨味も熟成されていくのでしょう。

 

人生に順風満帆はあり得ない。だからこそ、自分にとって良かったことも悪かったことも人生を旨くする為のスパイスとなれるように(考えられるように)なりたいものです😂

 

たくさんの経験をした方の話が面白いのは、旨味が熟成されているからなのでしょう。生半可な知識と経験では人の心を動かすような話はできないはず。

 

私がじいさんになった時に、子供達、孫たちに面白くかつ勉強になる話をたくさんできるように日々勉強だなと考えさせられた記事でした。

 

 

今日のちょっと一息

「うちの爺ちゃん、話がなげーなぁ。」

 

 

 

 

今日も楽しい日でした

天気は快晴!風もほぼ無風。気温も寒すぎず熱すぎず。こんな時はロードバイクで走るに限る!ということで走ってきました。

f:id:rogo65:20210312231307j:plain

途中の休憩時にパシャリ。雲一つない青空!

チョー気持ちいいのはよかったのですが、目的地を鰻が有名な地域にしておりまして、往復100㌔超えのロングライド。いつもは準備万端で走りに行く私ですが、、やらかしてしまいました。

自宅から意気揚々と走り、ちょうど50㌔地点。目的地の鰻屋さんに到着!!疲れた体に活力補給と意気込んで、いざ!出陣!と・・・・・。

あれ???財布がない!!!

がーん。😨

なんという事でしょう。財布を忘れてしまっているではありませんか。

何度もポケットを漁りましたがありません。出てきたのは、以前走った時にお釣りをそのままにしていたであろう500円玉が一枚だけポケットから・・・・。2000円以上はする鰻なんて一口も食べれやしませんでした・・・・。

まあ、こんな事もあるよねと自分に言い聞かせて、帰ることに。

500円あったので、帰り道に通る行きつけの激安ラーメン店に行くことにしました。

そこは、本格的なとんこつラーメンが360円で食べられる何とも素敵なお店。替え玉を頼んでも500円でお釣りがくる!昼食時には毎日行列ができるお店なんです。

ちなみに「福の家」というラーメン店。360円であんなにおいしいラーメンが食べられるのは、感謝しかありません。お店の経営努力に脱帽です。

 

そこで、ラーメンを食べていると一組の若いカップルが入店してきました。(おそらく大学生でしょう。)二人はお座敷に座りラーメンを注文。ラーメンが運ばれてきて食べているところを見ていると、男性の方が「正座」して箸とレンゲを上品に使い、姿勢正しくズルズルと音を立てることもなく、お上品にラーメンを召し上がっているのではありませんか。私の方はというと、ズルズルと音を立てまくり、鼻水をたらたらと垂らしながら、お下品な食べ方でありまして・・・。彼の食べる姿を見て、ひとりの大人として大変恥ずかしいというか、反省させられたというか、悶々とした気分になってしまいました。

そうは言っても「福の家」のラーメンはおいしいので、替え玉をし、しっかりとスープまで飲み干し(どんぶりから直飲み!)自宅まで一気に帰りました。

 

そして、晩御飯にて。さっきの彼の光景が頭の中に残ったまま食事をしていたところ、長男の食べ方が非常に気になりまして。納豆をごはんに勢いよくぶっかけ、そのまま勢いよくかきこみ、「まじ、うめー!!」と口の周りにご飯粒と納豆のネバネバをつけたまましゃべるんです。思わず私は、「ちょっとは、上品に食べようぜ。」と言い放ちました。それを言われた長男からの一言が衝撃的だったのです。

 

 

「お父さんが、下品やからねー( ´艸`)」(笑)。」

 

・・・・・・・・・・はい。何も言えません。ちょっとは忖度しなさいよ。

 

 

鰻は食べられないわ、子供から「そもそも論」で論破されるはの非常に貴重な経験をした一日でした。

 

うーん。生きてるって素晴らしい!!!

 

 

今日のちょっと一息

「正しさを執拗に叫ぶのは、あなたが弱いからだ。」(ブラックジャックによろしく