今日のちょっと一息

人生皆師 楽しく生きよう!

年齢には勝てないものなのか!?

 

誰が見ても美人と言える女性が私の職場にいます。

年齢は50を超える方ですが、そんなところを微塵も感じさせないほどお美しい方です。

(「誰が見ても」といいましたが、誰かに同意を求めたわけではなく、私の主観w)

 

その女性、容姿も所作もお美しい方なのですが、ある日の出来事。

その場所には私とその方しかいなかったのですが、二人の距離が離れていたため、あちらは私の存在に気付いていない様子。

 

彼女も気が緩んでいたのでしょう。

普段の彼女からは想像もできないような出来事があったんです。

 

「ぶぁっくしょん!!✖◆☠☠♡🚙☺♠♧〇✖✖☠(自主規制)!!」

 

そう。くしゃみです。くしゃみってなぜか年齢とともに大きくなりません?

特にジ〇イ様方のくしゃみは耳が痛いくらいうるさい。私の親父もそう。無駄にデカい。配慮しろよと。かくゆう私も明らかにうるさくなってきている始末。酷い話だが、「顔がうるさい」とまで言われることも。「顔がうるさい」ってどんなやねん・・・。

 

そう、それで、彼女からでてきたくしゃみはジ〇イ様方と同様のいや、自主規制しないといけないくらいのものでした。

 

やっぱり、人間はどこか年齢には抗えないものがあるのかもしれませんし、お偉い政治家や専門家がよく言っていた「気の緩み」も時には大切ですね。

 

今日のちょっと一息

子供のくしゃみに戻りたい🤧

 

 

朝起きて一発目の・・・・・!?

「おはようー。うーん!今日も最高の一日だぁー!」

 

次男が朝起きた時の一発目の言葉でした。

なにか、イベントがある日でもなく、普通の日だったんですが・・・。

よっぽどよく眠れたのか、気分がよろしかったのか、よくわかりませんでしたが、開口一番そんな言葉を言われたらこちらとしてもいい気持ちで一日が迎えられそうです。

 

私自身、寝起きは良い方ではありますが、冒頭のような言葉を発するところまではなかなかいきません。

 

次男に「なんで最高の一日なの?」と聞いてみました。

「うーん。わかんない。でも最高じゃん。」とのこと。

 

プラスのストロークとはよく言いますが、我が家はこのたった一言でプラスのストロークに溢れた一日となり、いつも以上に仕事に行くのが楽しみになりました。

 

では、いってきます!!

 

 

今日のちょっと一息

「考えるな 感じろ!! すべては最高!」

口癖というものは怖いもので

仕事が終わったあと家に帰った後の第一声は?と聞かれると皆さんは何と答えますか?(「ただいまぁ」は除く)

 

「はぁ、疲れた。」

「しんどー。」

「今日も一日頑張った。」

「今日は会社で、あーでもない、こーでもない・・・・・・」

 

色々あると思います。

10年くらい前の私は「はぁ、疲れた。まじだる。」が口癖でした。

 

家に帰るたびに発していました。別に疲れていなくても、です。

 

長男が生まれ、いろいろな言葉をしゃべり出した頃、衝撃が走りました。

 

長男の口から「はぁ、つかれた。まじだる。あーもねー。」

と発せられているではありませんか。

 

最初の方は、「お父さんの口癖に、あーもねー。(私が電話口で部下に対して、「何やってんだ。まったくもう!」の意)がついてるやん。はは。かわいいね。」ぐらいの意識でした。

 

でもですね、これって恐ろしいことかもしれないと、後々考えたんです。

私の口癖がインプットされている息子が大きくなるにつれ、仕事から帰ってきた私を見るたびに、「ああ、大人になって仕事をするのって、毎日こんなに辛いものなんだ。仕事ってなんのためにするか意味がわかんない。」的な思考に陥るんじゃないかと。

大人になることが楽しくなくなるんじゃないかと。

 

それ以降、私自身「疲れた」という言葉はほとんど発することはなくなりました。

その効果があってでしょうか、それ以来、長男もその言葉はまったく使わなくなり、私自身も仕事が今まで以上に上手くいくようになったんですね。部下に対する言葉も変わりました。

 

本当に疲れた時は「疲れたー!」と言っていいと思います。それは神様も許してくれるでしょう。私は大した事もないのに、ストレス発散をするかの如く、「はあ、疲れた。」と発していました。そんな天に唾を吐く行為は神様が許してくれるわけがありません。きっと神様も「おまえ、いい加減にしろよ。息子にその言葉を言わせて思い知らえてやる。」ということで私に気付かせてくれたのかもしれません。

 

「疲れた」は「憑かれる」からきているとも言われています。(違ったらごめんなさい。)私は毎日のように発していた言葉で何か悪いものに「憑かれていた」のかもしれませんね・・・・。

 

純真無垢な長男に人生で大切な事を教わった一つの出来事でした。

 

子供からも学ぶことって本当に多いですね。

 

 

今日のちょっと一息

「今日の合言葉は「ツイてる!(憑いてる!)」

一体何をやっているんだろう・・・・

山は好きですか?

 

山を見るとロードバイクで登りたくなる性癖の私です。

 

先日も車でたまたま通った山が気になり、ロードバイクで登ってみました。

 

毎回「なんでこんなきつい思いして坂道を走ってるんだっけ??」と自問自答しながら走っています。

 

ロードバイクに乗り出したきっかけは「弱虫ペダル」のアニメをみて「かっこいいなー」と思ったのがきっかけ。けっこう軽い感じです。あとは、きれいな景色を見たり、おいしいものを食べに行ったりしたいなーという思いもありました。

当初はそれ目的でいろんなところに走りに行きました。

が、ロードバイクを初めて半年以上が経過した今、目的が変わってきました。

 

「体と心の鍛錬」

 

山を登るのはきついです。何度もくじけそうになります。足をついて休みたくなります。心拍数も190以上が長い時間続いてしんどいです。でも、「あとすこし頑張って休もう。」を何回も繰り返して、できるだけ休むことなく頂上を目指す。頑張ったご褒美の頂上から見る景色、達成感、たまりません。

 

何をするにしても目的をもって取り組むことで、いろいろな事が見えてきます。

ただ何となくではもったいない。(それも必要な時は当然ありますが。)

今目の前に起こっている出来事は必然。「なんのために」を考えながらやっていきたいものです。

 

今日のちょっと一息

「水を汲めではなく、井戸を掘れ」

 

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朝活やってみた

暑いですね😵

ロードバイクに乗るにはしんどい気温です🙇‍♀️

6月に入り一度、お昼過ぎから走った時に、熱中症ぽくなり、道端でダウンしてしまったのをきっかけに、今の時期は早朝から走るようにしました。30度を超えるとヤバいです😂

 

ということで、気温がそこそこの朝5時くらいから走り出しました。

いやー、気持ちいいですね!

特に最近は早朝の気温も丁度よく、風も強くなくて走りやすい日です。

 

昼間に走る時と同じコースを走りましたが、早朝はまた雰囲気が違いますね。

 

いつも見ている景色が一段とキレイに見えたので、ポチっと一枚。

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時間によっていつもの場所でも新たな発見があります。

 

というか、自分の意識の問題でしょうか。

 

きっとそうだ。心の持ちようだ。

 

 

今日のちょっと一息

「天気がいいも悪いも心次第」

 

 

 

家族の絆 プライスレス

以前、ナイスな男性のひと言で場の雰囲気がパッと明るくなったことをお伝えしました。

 

rogo65life.hatenablog.com

 

今回は、家族の絆って・・・。というお話です。

 

あるお店でレジに並んでいたところ、店員さんとお客さん(おじいちゃん、お孫さん、お孫さんのお母さんの3名)のやり取りを目撃しました。

 

ピー・・・。(レジのエラー音?)

「お客様。申し訳ございません。こちらの商品はご家族様2点限りとなっております。3点目以降は〇〇〇円であればご購入いただけますが・・・。」

「あん?4つは買えないの?え?値上げするの?20円も上がるの?」

「申し訳ございません。いかがなさいますか?」

「いや、4つ必要なんだよね。そのままの金額で買えないの?」

「申し訳ございません。こちらはご家族様2点までがこちらの金額でございます。」

・・・

・・・

・・・

「あー!!こいつら家族じゃないよ!この子供と女の人は違うから!」

「え・・・。あ、・・・・・そうでしたか・・・。」

「そうそう、関係ないから!俺は2個買うわ!」

「かしこまりました。それでは2点で〇〇〇円でございます。」

・・・

・・・

・・・

このやり取りの最中のお孫さん(おそらく幼稚園生くらいでしょうか)の表情は、皆さんのご想像にお任せいたします。家族じゃない!と言い放たれた子供の心境はいかがなものだったでしょうか・・・・。

 

たった20円で家族の絆が壊れる。ってことはないと思いますが、小さい子供にとっては衝撃的な一言だったのではないかと思いました・・・・・。

 

たったひと言それだけで。言葉のチカラは計り知れない・・・。

 

 

今日のちょっと一息

「そんな風に育てた覚えはない!ってよく言うよねー。」

捨てる勇気

何か問題が起きた時、人は問題を解決しようとして何かを新たに始めようとする。それはそれでいいかもしれません。しかし、時には「何かをしない」という選択肢も必要なのではないでしょうか。

 

私の次男君は「軽度知的障害を伴う自閉スペクトラム症」という診断がされていて療育中でした。「でした」というのは、現在は小学校に通っており、そこで集団生活や通級学級での学習に注力している。要は、学校以外の療育を一旦中止しました。

 

私ども夫婦は、次男君が少しでも多くの事ができるよういろいろな療育を受けさせていました。それは幼稚園に通っている間まではよかったのですが、小学校に入ってからは次男君の集中が続かなくなってきていました。

 

「病院の先生が次男君のためにいろいろと教えてくれているから、頑張ろうね。」とか、「今日のこの訓練が終わったら、〇〇を食べようか!」とかありとあらゆる方法で療育をちゃんと受けさせようとしましたが、あまりうまくいきませんでした。

 

それもそのはず。

次男君は体が小さいです。成長曲線の一番下をギリギリ追って行っている、いや、ちょっと下回っているが微妙に成長しているぐらいの成長具合。自分の体の半部くらいの大きさのランドセルを背負い、(そして次男君にとっては重すぎる)普通の子が20分もかからないで通う道を、テクテク✖2、40分くらいかけて通ってます。(長男もそれに付き合ってくれている。本当にありがたい。)

自宅と学校の往復だけでもけっこうきついはずなのに、学校の授業を頑張って受けて、やっと帰ってきたと思ったら、すぐに学校の宿題を終わらせて療育施設へ。

そんな感じでした。

 

そこで「療育を一旦中止して、学校生活に専念させる。」という決断をしました。

そのほうが次男君にとって現段階ではベストと考えたからです。

 

療育先の先生も快諾していただき、また生活が落ち着いたら来てくださいとの返事もいただきました。

 

療育を中断した後は、次男君の生活も安定し、学校生活もなんとかうまくやっていっている結果となってきました。(学校の先生の多大なるご支援も相まって)

 

次男君に「足し算」を頼って問題を解決しようとばかりしていました。

それもある一定の時期までは本当に良かったと思います。しかし、成長とともに「足し算」ばかりではうまくいかないことも出てきました。そこを私たち親が自覚せずに、さらに「足し算」ばかりに気を取られていたら、次男君は学校生活も中途半端になっていたかもしれません。障害があるからこそ、いろいろな対策を講じないといけないことは十分に理解できます。でも、本人の「今」の体と心の状況をしっかり見てあげなければいけません。自分の考えを過信したり、他人の意見や周囲の状況に流されたりしてしまうと判断を誤りやすくなるのではないでしょうか。

 

ただし、注意すべきは大切なものを引き去らないこと。何が重要かを見極められたら「引き算」もしやすいでしょうが、その見極めができないからなかなか苦労します。

今回の私の「引き算」も答えが合っているかはわかりません。間違った判断かもしれません。そうであれば、間違っていたと気づいた時点ですぐに軌道修正できるよう、日々子供と接してあげる事が重要だと思います。

 いかに子供と触れ合うか。大事な事だと実感しました。

 

 

今日のちょっと一息

「つまづいた石は踏み石にもなる」